
6 月の詩 労働が花咲き踊るとき
W B Yeats
Among School Children
60歳を迎えたアイルランドの上院議員である詩人が、職務の一環としての学校視察に訪れ、子どもたちが現代的な教育を受ける様子をつぶさに見て回る。幼い学童たちと今の自分との対比に始まり、生涯の恋人モード・ゴンの少女期の様子もこのようであったかと想像し、さらには白髪頭となった今の自分の姿は、若き母親にとって出産時の痛みの代償たり得るか、という疑問に思いを馳せる。学童たちのlabour(刻苦精励)という語から母親のlabour(陣痛)を連想し、さらに自らの師と仰ぐダンテのアーティストとしてのlabour(苦心惨憺)を思うとき、詩人の目の前に忽然としてあるイメージが現前する。それは一人の踊り手が、音楽と渾然一体となって見事な踊りを披露するさまであった。一本の木の幹と葉と花が分かち難いように、あるいは卵の黄身と白身がふたつながらにひとつの有機体をなすように、踊り手と音楽と舞踏術とは存在の完全な統合を遂げていたのだ。
(詩集The Towerに収録)

Among School Children 学童の間で
Labour is blossoming or dancing where
The body is not bruised to pleasure soul,
Nor beauty born out of its own despair,
Nor blear-eyed wisdom out of midnight oil.
O chestnut tree, great rooted blossomer,
Are you the leaf, the blossom or the bole?
O body swayed to music, O brightening glance,
How can we know the dancer from the dance?
労働が花咲き踊るその場所は
肉体が魂を喜ばそうと傷つくことなく、
美が自らの絶望の淵から生まれることもなく、
かすみ目の叡智が深夜の灯火より生ずることもない。
おお 偉大な根を張る栗の木よ、
おんみは葉と花と幹のいずれなのか。
おお 調べに揺蕩うおんみよ、おお 輝き増しゆく双眸よ、
かの踊り手と踊りとはいかにして見分けられ得るか。


著者について
1865年6月13日、大英帝国下のアイルランド・ダブリン郊外サンディーマウント生まれ。のちに一家でロンドンに移り住み、1889年、初の詩集『オシーンの放浪』(The Wanderings of Oisin)を上梓。ケルト版の浦島太郎伝説とも言えるオシーンの物語を始め、英雄クフーリンやファーガス、女王メイブの活躍するケルト神話、トリスタン・イズー伝説の源流ディアドラとニーシャの伝説、アイルランド独立のため血の代償を迫るカスリン・ニ・フーリハン伝承など、アイルランドの神話、伝説、民話に取材した「トワイライト派」の作風を確立し、のちアイルランド劇を上演するアビー座をグレゴリー夫人らと共にダブリンに設立。「アイリッシュ・ルネッサンス」の中心的人物となる。アビー座ではシングの『西国の伊達男』(The Playboy of the Western World)、オケイシーの『ジュノーとペイコック』(Juno and the Paycock)などの上演を敢行。イギリスとアイルランドを行き来する日々が続くが、1916年ダブリンでイースター蜂起が勃発すると故国アイルランドに戻り、ゴールウェイのバリリー塔、のちダブリン郊外ラスファーンハムに居を定める。1922年、アイルランド自由国の上院議員となり、1923年ノーベル文学賞受賞。1939年1月28日、フランスのコートダジュール地方で病気療養中に客死。代表作に「イニスフリー湖島」(The Lake Isle of Innisfree)、「柳の園で」(Down by the Salley Gardens)、「再臨」(The Second Coming)、「ビザンチウムへの船出」(Sailing to Byzantium)、「塔」(The Tower)、戯曲『鷹の井戸』(At the Hawk's Well)、思想書『幻想録』(A Vision)などがある。

もっと詳しく
『塔』(The Tower)初版 1928年

The Tower (1928) Macmillan

The Tower (Poetry First Editions) Penguin Books